夜になり、フォルテにからかわれ、リューグとシャムロックの微妙に殺気のこもった視線を感じつつ、大将の妙に黒い励ましの言葉にネスティは極度の精神的疲労を覚えながら夕食をとった。
 いつもなら食べ終わった後は、特に用事がなかったらすぐに退散するネスティだったが、今夜はどうもそういう訳には行かないらしい。
 まん前には威圧全開なリューグ。、右には何だかよく分からないが怖い気配を見にまとった大将。左には眼光も鋭いシャムロックが座っている。
 そう、ネスティはZOC効果に阻まれて、動きたくとも身動きの取れない状態にあった。
 その様子を面白そうに見ているのがフォルテ。気の毒そうに見ているのはロッカだ。
 女性陣はそのぎすぎすとして空気に、そそくさと退散していた。
 妙に重い空気の中、ただ時間だけが過ぎていく。
 と、そこへトリスとアメルがひょっこりと顔を出した。
「ねえねえ、誰かこの中でカンテラ装備してた人、いない?」
 問いに、シャムロックが片手を挙げる。
「あ、それなら私が持ってますよ?」
「わるいけど、少し貸してくれる?」 
「ええ、どうぞ」
 にこやかにカンテラを渡すシャムロック。
 何だか悔しそうな残りに「ふ、勝った」という顔をして見せた。
「それを何に使うのですか?」
 すかさず話の主導権を握る大将。今度はシャムロックが悔しそうな顔をする番だ。
 しかし、彼の問いに答えたのは何故かアメルだった。
「夜釣りに行くんだそうですよ」
 (貴方に聞いたのではないんですよ? アメルさん)的な笑顔を浮かべ、あくまでシオンはトリスの方だけを向いて心配そうに言った。
「夜の海は危険ですよ? 何なら、私がついていきましょうか?」
「大丈夫ですよ。今日は満月ですし」
 (むしろ貴方が付いて行った方が危険ですよ)と言外に匂わせ、爽やかに言い切るアメル。
 リューグはアメルの笑顔を見た時点で硬直。シャムロックもややたじろいでいる。
 高まりつつある聖女と忍の緊張をよそに、トリスは脳天気に、
「じゃ、いってきまーす」
 と朗らかに言って、その場を後にした。
 トリスという歯止めのいなくなった今、二人を隔てるものはもう何もない。
「アメルさん。“余計なお世話”って知っていますか?」
 シオンさん、にーっこり。
「その言葉、そっくりお返ししますね。あ、あとついでにシャムロックさん、リューグ?」
「わ、私ですか」
「…………」
 シャムロック、困惑。リューグ、蒼白。
「“ガルマタケシーボワブラックラック”……って何のことだか、分かりますよね?」
 アメルさん、にーっこり&天使の羽、きらきら。
 これには流石に周囲の人もあせった。
「ここでそれはシャレになんねーって!」
「そうですよ、落ち着いてください!」
 羽交い絞めにされたり、ロッカが説得したりと色々あったが、一応騒ぎは突然来た女の子の「お醤油のお使い」にシオンが退場する事によって収拾した。
 皆、ほっと一息。
 ネスティも、やれやれと一息ついた所で、不意にフォルテに肩を叩かれた。
「良かったじゃねえか、ネスティ?」
「…………?」
「今の騒ぎのお陰で、どさくさに紛れてトリスの所に行ってやれるじゃねえか」
「まるで僕がそうしようと思っていたような口調だな」
「思ってたんだろ?」
「…………」
「お前だってだって分かってるだろう。今のトリスが、支えてくれる奴を必要としているのを」
「……別に、それは僕である必要はない」
「……お前って奴は……言い方を変えようか。表ではフツーに振舞ってるけどな、トリスは未だにあの時の事を引き摺ってるぞ」
 顔を強張らせるネスティ。あの時がどの時を指すのか分からないほど、彼は鈍くはない。
「側に居てやれよ。そういう不安を消してやるのは、お前の役目なんじゃないのか?」
 ネスティは反射的に何かを言いかけ、
「…………」
 結局、何も言わなかった。
 代わりに身を翻して、歩き出す。
 フォルテは行き先を聞かなかった。
 やがて、外に誰かが出て行く音がした。
 それからしばらくして、ケイナがひょっこりと顔を出した。
「……行った?」
「ああ、とりあえずな……余計な奴らも言ったようだが」
 と、ちらりといつの間にか誰も居なくなった部屋を見て、フォルテは言った。 
 ケイナはくすりと笑い、
「でも、アメルが追撃しに行ったみたいよ? サモナイト石一個持って」
「大技仕掛ける気だな……トリスの頼みだしなぁ、アメル異様に張り切ってたぜ」
「あら、フォルテだって張り切ってたじゃない」
 ケイナの指摘に、フォルテは居心地悪そうにあさっての方を向き、
「ま、な。あの二人、見てるほうがじれったいからつい、な」
「そうね。トリスの事、鈍い鈍いと言っておきながらネスティも存外、鈍いし……それにしても意外だったわよ。アンタがああいうこと言えたなんて」
「オレぐらいのイイ男は、あれ位の事言えて当然さ」
 裏拳炸裂
「あでっ?!」
 見事、ひっくり返るフォルテに、ケイナはふん、とそっぽを向いた。
 引っくり返ったまま、いてて……とかぼやいていたフォルテだったが、そっぽ向いたケイナを横目で見て、そのままの姿勢でふと口を開いた。
「なあ、ケイナ」
「……何よ」
「お前がどう思おうと、俺はお前と離れるつもりはねーからな?」
「……ふん」
 鼻を鳴らして一蹴したケイナだったが、その声音はまんざらでもなさそうだった。
 所変わって、夜のファナンの街。その銀紗の浜へと至る雑木林の中で、少女と少年と騎士が睨み合っていた。
 少女とは、もちろんアメルの事で少年がリューグ。騎士はシャムロックの事だ。
 リューグは斧を持ち、シャムロックは帯剣をいつでも抜けるようにしており、アメルもてにサモナイト石を握っている。
 全員、戦闘準備は万端。
 ただ、いつもとは違う事が一つだけあった。
 いつもなら、ここで威圧しあっている筈のシャムロックとリューグが、いがみ合わずにアメルにのみ、注意を注いでいる。
 あまりにも強大な敵に、無言の休戦協定が結ばれたようだった。
 2対1。いくら最強の名を欲しいままにするアメルといえども、獅子を継ぐ者と自由騎士を同時に相手するなど、無茶が過ぎる。
 それを考えてか、シャムロックとリューグには、若干の余裕が見えた。
「貴女がいくら女性であろうとも、私と彼女の間を阻むのなら容赦はしませんよ!」
 アメルはそれに答えず、ただただにっこり。天使の笑みを浮かべる。
「ねえ、二人とも?」
 そう言った彼女の全身が淡く光り、目には見えない力があふれ出して彼女の髪を躍らせた。
「“人の恋路を邪魔する奴はツヴァイレライに蹴られて死んじまえ”って、言っていいかしら?」
 上空に青白く、異界の門が現れ始める。
「その言葉はそっくりオマエに返すっ!」
 リューグの言葉には耳も貸さず、アメルは可愛く小首を傾げた。
「言ちゃったからには、実行しないとね?」
 アメルの頭上に開いた異界の門から、鋭い嘶きと共に骨の馬と、それに跨った首無しの騎士が現れた。
 明らかに禍々しい気配を放つそれに、アメルはにっこりと笑いかけた。
「じゃ、そーゆー事で一発、ズガンと蹴っちゃってくださいな。ツヴァイレライさん?」
 鋭く嘶き応じるツヴァイレライ(の馬)に、MDFの低い二人はざっと蒼ざめた。
「召喚術は反則だろう?!」
「あら、そういうなら2対1だってあからさまに卑怯よ。リューグ? ちなみに結界を張ったから、逃げられないからね。だから心ゆくまで蹴られちゃってね?」
 アメルの言葉が終わると同時、ツヴァイレライ(の馬)が二人に突っ込んでいった。
 誰にも聞こえない悲鳴が二つ。雑木林の中にこだました。

ーNEXTー